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Ch3.背筋を伸ばす人

父と向き合った瞬間、Annaは背筋を伸ばした。まるで、それだけで自分自身を支えようとするかのように。


たとえほんのわずかでも、自分のために何かを勝ち取る力へ変えるために。


書斎の空気が凍りついたように静まった。フェトランティスはすぐには口を開かなかった。

手にしていた羽根ペンをゆっくりと置く。その動きには、急ぐことで自分の存在感を示す必要などない人間特有の余裕があった。文書から離れた視線が、再びAnnaへ向けられる。顔から、裙の脇へ垂らしたまま密かに力を込めている両手へ。そして、もう一度その目へ。彼は静かに娘を見た。とうに飼い慣らしたと思っていたものが、突然また棘を立てたのを眺めるように。


そこには驚きがあった。けれど、それ以上に深く、冷たいものがあった。見直しているのだ。改めて、この娘がどれほどのものなのかを。「条件?」フェトランティスはその言葉を繰り返した。声は大きくない。


それでも、周囲の空気が薄くなるような重さがあった。

細い骨の上へ親指をゆっくり置くように。


まだ力は込めない。ただそこへ置き、相手に圧力の存在だけを先に理解させる。Annaは退かなかった。それこそが、フェトランティスを本当に苛立たせた。彼女の背筋は伸びていた。昨夜のように、壁際まで追い詰められた末の反発ではない。


もっと静かで。もっと意図的な直線。


剣がゆっくり鞘から抜かれていくようだった。まだ斬らない。ただ刃を晒し、その存在を見せるだけ。フェトランティスは目を細めた。


長年、人を見下ろすことに慣れたその目の奥で、何かが沈んだ。沈黙が続く。書斎には、窓の隙間から時折入り込む鳥の声しかなかった。小さく。遠い。まるで別の世界から聞こえてくるような声。Annaは、伸ばした背中のせいで傷が引き攣れるのを感じていた。

灼けるような痛みが背骨を這い上がってくる。それでも動かない。その痛みをすべて足の裏まで押し下げる。自分を倒す理由ではなく、ここへ立っているための重さに変える。


彼女は父を真っ直ぐ見た。

涙はない。


懇願もない。あるのは、冷静で、はっきりと目覚めた何か。Anna自身も、初めて知る感覚だった。あの言葉を思い出す。


――俺の命と交換するほどの価値じゃなかった。深く息を吸った。「嫁いでもいいわ」まるで天気の話でもするように、平らな声。「でも、条件がある」そして続ける。「ジーロング王子が私を迎えに来るのは、母上の命日が過ぎてからにして」


一度、言葉を止める。唾を飲み込む。「それから……」「私の身体には触れさせない」


父の目から視線を逸らさない。

「もし触れたら……私は、あの人の目の前で死んでみせる」勝ち取った。母の命日までは、少なくともあと三か月ある。三か月。三か月あれば、何だって起こり得る。


奇跡だって。フェトランティスの目が、ほんの少し細くなった。それだけだった。それ以上の表情はない。けれど、その小さな動きは、音もなく空気を切り裂く刃のようだった。何も斬ってはいないのに、その切っ先だけは確かに感じられる。彼はすぐに答えなかった。机の脇に置かれた茶器を、わざとらしいほどゆっくりと持ち上げる。


浅く一口。そして戻す。磁器が机へ触れる乾いた音が、静まり返った書斎では妙に大きく響いた。


フェトランティスはAnnaを見た。盤上の駒の重さを、もう一度測り直すように。その駒が、突然自分の言葉を持って話し始めたのだ。「母親の命日か」何の起伏もなく繰り返す。


許すのか。嘲っているのか。まるで分からない。Annaは動かなかった。自分が賭けをしていることは分かっていた。母の名に対して、父の中にまだほんのわずかな忌避が残っていることに賭けた。


そして、ジーロング王子の前では、礼節を知る父親という体裁を保たなければならないことにも。亡き妻の命日すら待たずに娘を嫁がせた。


そんな話が外へ漏れれば、今進めている政略結婚の交渉にさえ、小さな傷になる。Annaはその綻びを見つけた。


そしてそこへ指を差し込み、三か月という時間をこじ開けた。フェトランティスは長く沈黙した。Annaの背中の灼ける痛みがさらに強くなるほど。窓の外から聞こえていた鳥の声が、とっくに消えてしまうほど。そして、ようやく口を開く。その声は公文書のように平坦だった。「いいだろう」まるで書類へ許可の印を押すような声。


「三か月だ」視線がAnnaの顔から下へ落ちる。強く握られた両手。一秒だけ止まり。再び上がる。その目の奥で何かが一瞬だけ過ぎた。半分まで燃えた芯を突然指で摘み消したような、あまりにも短い何か。


何も残らない。そして、声がまた低くなる。平らで。重い。棺へ載せる石板のように。「ただし、今夜の宴にはきちんとした姿で出ろ」「ジーロング王子にお前を見せ、満足させろ」一度止まり。最後を、わざとゆっくり言う。


「それ以外は、お前自身が言ったことだ」意味は明白だった。


三か月。それは彼が認めた。だが、『身体には触れさせない』それはAnnaが勝手に口にした条件だ。

フェトランティスは認めてもいない。否定もしていない。


ただ、自分を何一つ拘束しない場所へ、その言葉を宙吊りにしただけだった。父が珍しく譲った。Annaにはすぐ分かった。

賭けには勝ったのだ。それまで自分の中から消えていたはずのものが、ほんの少しだけ顔を出す。


喜び。そして、希望。「今夜は出席します」

Annaは冷静に答えた。内側で湧き上がった感情を、そのまま押し込める。それは幼い頃から何度も訓練され、身体へ染みついた技術だった。浅く礼をする。そして書斎を出た。扉は背後で静かに閉じた。ほとんど音もなく。


まるで重い本の一ページを捲り、そのまま本を閉じたように。Annaは回廊へ出たあと、扉へ背を向けたまま、すぐには動かなかった。深く息を吸う。


胸が膨らんだことで、背中の傷が引かれる。


僅かに目を閉じた。痛みと息を一緒に、ゆっくり押し下げる。そして吐き出した。目を開く。回廊は、さっきまでと何も変わっていなかった。同じ石床。同じ壁。窓の隙間から斜めに切り込む同じ光。書斎へ入る前と、何一つ違わない。

それでも。何かが変わっていた。Anna自身にも、何なのかは説明できない。ただ、塔の上から胸の中へ持ち帰った鉛の塊が、ほんの少し軽くなった気がした。消えたわけではない。


ただ、死んだ重さではなくなった。


生きている重さ。方向を持った重さ。背負ったまま歩いていける重さになった。


Annaは自分の裙へ目を落とした。


朝の光が布地の上へ細かく散っている。口元は笑わない。でも。目の奥で、ほんの一瞬だけ何かが灯った。三か月。その数字を、心の中で一度だけ呟く。声にはしない。舌の奥で、少しだけ転がす。三か月あれば。何だって起こるかもしれない。再び顔を上げる。自室へ向かって歩き出す。


回廊へ足音が響く。速くない。遅くない。


書斎へ入ったときと同じ歩調。でも。ほんのわずかに違っている。本人にしか分からないほどの差。自分のために、ほんの少し何かを取り返した人間の歩き方だった。回廊の角。クループが三歩後ろをついてくる。いつものように無言。彼はAnnaの後ろ姿を見ていた。


真っ直ぐな背中。

無駄のない足取り。この宮殿で二十年過ごしてきた。



あの書斎の扉から出てくる人間を、数え切れないほど見た。泣きながら出てきた者。足をもつれさせて出てきた者。



二度と出てこなかった者。クループは何も言わなかった。ただ、気づかれないように。自分の足音を少しだけ軽くした。


________________________________街は徐々に賑わい始めていた。市場の呼び声。石畳を車輪が転がる音。空気には焼いた平たいパンと、厩の藁の匂い。ジェフリーは馬を引き、人混みを歩いていた。急がない。


傍から見れば、街を何となく歩いている旅人にしか見えない。けれど。彼の目は屋台を見ていなかった。人々も見ていない。気づかれない程度に一度だけ、宮殿の城壁へ視線を流す。


そしてすぐ戻した。街の中で小さな宿を見つけた。入口の木杭へ馬を繋ぎ、中へ入る。窓際の席へ座る。熱い茶を一壺。保存の利く簡単な食べ物を少し。宿の主人は、腰に下げた剣を一度だけ見た。何も聞かず、そのまま奥へ消える。ジェフリーは外套の襟を少し緩めた。肘を机へ置く。茶器を指で持ったまま、窓の外を見る。目は静かだった。底まで沈みきった深い水のように。


もう片方の手が、胸元の隠し袋へ入る。


指先が。ペーパーナイフの柄へ触れる。そこで、一度止まる。取り出さない。ただ触れている。何かが、まだそこにあることを確かめるように。


今夜。宮殿では宴がある。

ジェフリーは俯き、茶の表面に広がる小さな波を見る。

眉間には、自分でもまだ整理できていない何かが沈んでいる。


唇は真っ直ぐに結ばれていた。宮殿の中で、彼女が今どうしているのか。それは分からない。でも。生きている。まだ立っている。


あの高い城壁の内側を、まだ自分の足で歩いている。今は。

それだけでよかった。やがて、王宮の宴が始まる時間になった。今夜はジーロング王子が正式に求婚する予定だったため、多くの貴族が集まり、その規模も普段とは比べものにならないほど大きかった。夕暮れとともに、宴会場の燭台が一斉に灯された。


天井から吊られた燭台。壁沿いの灯り。数百本もの蝋燭が、広い大広間を金色に染めている。玻璃の杯は光を細かく砕き。客人たちの衣服や宝石へ、無数の小さな輝きを落としていた。すべてが完璧に整えられた夢のようだった。華やかすぎて。少し、嘘めいている。貴族たちは次々と入場した。男たちは色とりどりの礼装。女たちは床を引く長い裙。


髪に挿した宝飾品が、歩くたびに僅かに揺れる。

囁き声が、細かな波紋のように広間へ広がっていく。


隣の者の耳へ顔を寄せて何かを話す者。酒杯を持ちながら、上座の方へ何度も目を向ける者。どの顔にも。宴席へ来た者特有の笑み。半分は本物。半分は演技。今夜、何が起きるのか。知らない者はいなかった。ゴンチニドの王子が求婚する。


その噂は朝のうちから、宮廷の使用人たちを通じて街へ流れていた。夕方になる頃には、路上の商人ですら知っていた。西方の王子が、ロシニトロで最も美しい公主を見初めた。


二国はまもなく婚姻で結ばれる。まさに天が決めた縁だ。人々はそう言った。けれど。Annaの目を見た者は、一人もいない。背中の傷を知る者もいない。今朝、塔の上で何があったのかを知る者も。


主座には、すでにフェトランティスが座っていた。表情はいつもと変わらず威厳に満ちている。鋳型から抜き出した銅像のように。昨夜の怒りなど、どこにもない。今朝の妥協も。ただ一人の国王が、権力の頂点へ座り。広間全体を見下ろしているだけ。ジーロング王子は、上位の客席にいた。今夜はより格式高い、濃い色の外套を纏っている。


布地にはゴンチニドの紋章。


金糸が蝋燭の光を拾い、細かく輝いていた。酒杯を手に。隣の貴族たちと楽しそうに談笑している。でも。その目だけは。何度も入口へ向かっていた。すべてはもう決まっている。獲物が罠へ入ってくるのを待つだけ。

そんな。余裕を含んだ目。正式な開始まで、あと四半刻。広間の声は少しずつ大きくなる。


杯が触れる澄んだ音。隅では弦楽器が穏やかな曲を奏でている。表面は華やかで、静か。でも。その下に何かを押し込めた。


蓋を開ける直前の器のような空気。そして。Annaが現れた。宴会場の入口へ姿を見せた瞬間。


人々の声が、ほんの一瞬だけ止まった。ほんの一拍。曲の中へ混ざった、気づかれないほど短い休符。すぐに声は戻る。けれど。方向は変わっていた。視線が。


一斉に彼女へ向いた。今夜のAnnaは、深い紫の礼服を着ている。裙は床まで長く流れ。肩の線は細く、伸びやか。髪はアディーが丁寧に結い上げ、耳元にだけ細い後れ毛を二筋残した。宝飾品は多くない。必要なだけ。まるで、余計なもので飾り立てず。その顔そのものを。何の遮りもなく。全員へ見せるための装い。Annaは広間へ入った。足取りは安定している。歩くたび、裙が柔らかく流れる。背筋は真っ直ぐ。けれど。背中の傷のせいで、その姿勢にはほんの少しだけ張り詰めたものがある。よほど注意深く見なければ分からない程度の。


耐えるための力。

彼女は笑っていた。正しい笑み。正しい角度。正しい温度。幼い頃から何度も測られ。何度も直され。完璧な形になるまで教え込まれた笑顔。でも。


紫の瞳だけは別だった。そこには火がある。

温かな火ではない。冷たい火。深い場所で。音もなく燃える火。灰の中へ埋もれた炭のように。表面は灰色でも。内側は赤い。いつでも。再び燃え上がれる。自分へ礼をする顔。微笑みかける顔。祝いの言葉を並べる顔。


Annaの目が一つずつ通り過ぎるたび。頭の中で、その顔は別のものへ変わった。炎。大火。その笑みも。豪華な衣装も。全部、灰になる火。


Annaはとても平静にそれを想像していた。顔の笑みは。


少しも崩れない。まるで頭の中と、現実の顔が。完全に別の場所にあるように。席へ向かって歩く。途中。ジーロング王子の近くを通った。


彼は、Annaが入口へ現れた瞬間から、ずっと見ていた。


その目は。彼女へ貼りついている。今。彼は立ち上がった。酒杯を持ったまま、二歩こちらへ寄る。口元には。自分では魅力的だと思っているらしい笑み。見ているだけで不快になる。獲物はもう袋へ入った。あとは最後に確かめるだけ。そんな顔。「公主」わざと柔らかくした声。


「今夜は、ことのほかお美しい」Annaは彼の前で止まった。紫の目を上げる。穏やか。静か。そして。


完璧な笑み。一方。頭の中では。大火がジーロングを最も激しく焼いていた。外套を焼く。笑みを焼く。自分へまとわりつく。


あの目まで。きれいに。何一つ残らないほど。「王子殿下」柔らかな声。一語ずつ。完璧な位置へ。置いていく。「恐れ入ります」浅く礼をする。裙が。その動きに合わせて流れる。顔を上げる。


そのまま。自分の席へ向かう。彼の横を通り過ぎる。裙の裾が僅かな風を起こした。でも。布一枚さえ。ジーロングの外套には触れなかった。笑みは。最後までAnnaの顔にあった。そして。一度も。紫の瞳までは届かなかった。Annaはジーロング王子のそばになど、一秒たりともいたくなかった。


けれど父と約束した。今夜は体面を保つと。

だから笑った。ただし。彼へ背を向けた、その一瞬で。


笑みは消えた。そして。Annaの礼服は。背中の包帯が見えるようになっていた。傷は、まだ血を滲ませている。まるで父が、わざとそうさせたかのようだった。


宴席にいる全員へ。彼女自身の恥を見せるために。あれほど気性が強いことで知られた公主も。鞭で打たれれば。


結局は大人しく政略結婚を受け入れた。そう。知らせるために。数百の蝋燭が大広間を昼のように照らしている。


同じ光が。礼服の背中から僅かに覗く包帯を。はっきりと照らした。見える位置は。ほんの少し。でも。十分だった。


まるでこの礼服を仕立てた者が。わざと背中の襟ぐりを半寸だけ低くしたように。深い紫の布の縁から。白い包帯。清潔な白。だからこそ。余計に痛々しい。そして。包帯の端には。小さく。濃い色が。滲み始めている。血。蝋燭の光の下。静かに。見えていた。気づいた者がいた。一人の貴婦人が。扇で顔の半分を隠しながら。


隣の者へ何かを囁く。相手が。


Annaの背中を一度だけ見る。すぐに視線を逸らす。口元には。憐れみなのか。それとも。他人の不幸を楽しんでいるのか。区別のつかない。曖昧な弧。少し離れたところでは。若い貴族が二人。顔を寄せて何か話している。一人が。小さく笑った。すぐに。押し殺した。誰も。声には出さない。ただ。視線。一本。また一本。細い針のように。


いろんな方向から。

Annaの背中へ。そっと刺さる。そして。何事もなかったように。逸れていく。包帯など見ていないように。血など見ていないように。父親が。宴席の真ん中で。娘の身体を使って。全員へ宣言していることなど。見えていないように。見ろ。あれほど頑固でも。結局は屈した。Annaは自分の席へ座った。


背筋は。真っ直ぐ。傷があるため。


椅子へ完全には寄りかかれない。ほんの小さな動きだけで。包帯の下から。また血が滲む。自分でも。分かっている。でも。眉一つ。動かさない。目の前の酒杯を取る。ほんの少し。口をつける。そのまま。目の前の席を。静かに見渡す。逸らされた視線。そして。また。こっそり戻ってくる目。一つずつ。全部。見ている。でも。一つずつ。そのまま。通り過ぎさせる。何を見ているのか。Annaには。


全部分かっていた。紫の瞳の火は。

さっきより。


深くなった。静かになった。凝固した溶岩のように。表面は。もう冷えて固い。でも。その下は。まだ。煮えたぎっている。ジーロングへ背を向けた瞬間。正しい笑みは。もう消えた。今。彼女の顔には。何の表情もない。清潔で。冷たい。あまりにも何度も削られたせいで。もう新しい傷跡さえ。残せなくなった石のように。今朝を。思い出す。あの声。


『言うことを聞けって言った連中の言葉が、俺の命と交換するほどの価値じゃなかった』

酒杯の脚へ。指を。ほんの少し。滑らせる。軽く。とても。軽く。


何かを。宥めているように。あるいは。目には見えない何かから。自分が。宥められているように。Annaは。顔を伏せなかった。あの視線の中で。背中を。ほんの少しも。曲げなかった。好きなだけ見ればいい。心の中。


とても。静かな声。


深い水へ。小石が沈む。底まで。沈んだら。もう動かない。好きなだけ見ればいい。傷を負って。

ここへ座っている人間が。それでも。背筋を伸ばしているところを。

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Ioanna And Jeffery

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