


Ch11.南へ向かうあなた
雨は昨夜のうちに止んでいた。
今朝になっても石畳はまだ濡れており、洗い上げたばかりのような冷たさを帯びていた。雲の隙間から差し込む陽光が、城の東側にある廊下を半分は明るく、半分は暗く照らしている。
アンナは、これまで数え切れないほど歩いたその廊下を進んでいた。足取りはとても軽かった。
自分が何をしているのか、彼女自身にも分からなくなるほどに。彼がもう去ったことは分かっていた。ごく自然な流れだった。一晩だけ宿を借り、雨が上がれば出ていく。仕立て屋の仕事もひと区切りつき、城門は彼のために開き、そして閉じた。
誰も不自然には思わなかった。
誰も、わざわざ振り返って見るほどのことだとは思わなかった。アンナにも分かっていた。それでも彼女の足は、あの空き部屋の前まで来ていた。扉の前でしばらく立ち止まり、すぐには手を伸ばさなかった。
ただ、何の変哲もない木の扉を見つめた。扉の下の隙間から漏れている、ごく普通の室内の明かりを見つめた。それから取っ手へ手を置き、扉を押し開いた。部屋はきれいに整えられていた。
寝台は乱れ一つなく、窓辺も清潔で、椅子さえ元の場所へ戻されていた。
召使いたちは隅々まで完璧に片づけていた。まるで、誰もここへ来たことなどないかのように。まるで昨夜のすべてが、雨の夜に彼女が見た夢にすぎなかったかのように。アンナは扉口に立ったまま、中へは入らなかった。ただ、見つめていた。そして、気づいた。とても淡い匂いだった。
あまりにも微かで、自分が想像しただけなのではないかと思いかけた。
それでも彼女には、あれが彼の匂いだと確信できた。昨夜、顔を埋めて長いあいだ泣き続けた、あの胸元の匂い。
それがまだ薄く、この部屋の空気の中へ残っていた。
誰かが遠くへ歩き去ったあと、その場へ最後に残された、わずかな体温のように。扉の枠へ添えていた彼女の手が、ひそかに強くなる。その瞬間、心の中の何かが、深く沈んだ。ジェフリー・グラントが去ったあとも、城の東側の廊下は静かなままだった。
________________________________
彼が出発したのは、とても早い時刻だった。大広間で火を起こす召使いたちさえ、まだ完全には目を覚ましていないほど早く。朝霧が石畳の上へ重く残り、城の前の小道を薄い白で覆っているほど早く。歩いている場所が道なのか、それとも夢の縁なのか、見分けがつかないほどだった。
彼は城門まで歩き、そこで一度立ち止まった。
ほんの一瞬だけ。迷ったからではない。背負った剣の鞘の位置を直しているだけだと、彼は自分に言い聞かせた。革の留め具が少し緩んでおり、金属の冷たさが衣服越しに肩甲骨の角へ当たっていた。彼はわずかに眉を寄せ、二本の指で金具を押さえ、締め直した。慣れた、機械的な動作だった。
出発することに慣れた者の動き。けれど、彼の靴先は動かなかった。彼はそのまま城門の前に立っていた。朝風が濃い褐色の巻き毛を一房持ち上げ、額の端にある薄い傷痕の上へ落とす。琥珀色の瞳は前を向いていた。
南へ伸びる砂利道を見つめていた。道の両側には、昨夜の雨に濡れた草が並んでいる。
葉先にはまだ細かな水滴が残り、昇り始めた光を受けて、気まぐれな輝きを散らしていた。彼は息を吸い込んだ。空気は湿っていた。土と石の生臭い匂い。城壁の根元に生える、名も知らない植物の青く遠い匂い。喉がわずかに縮む。
吐き出すつもりだった息が、一瞬だけ胸の中に浮かんだまま、すぐには解放されなかった。昨夜とは違い、彼はその考えをそれ以上たどらせなかった。琥珀色の瞳をわずかに細め、前方の霧の中へ視線を向ける。そこには存在しない、どこか一点へ。
顎の輪郭が一度強く張り、それから何もなかったように緩んだ。
ただし、剣の柄へ触れていた手だけは違った。五本の指が、ゆっくりと。ゆっくりと、強くなっていった。彼は前へ歩き始めた。濡れた石畳を踏むたび、重く均一な音が響く。一歩、また一歩。一定のリズム。あまりにも多くの道を歩いた末に身についた歩き方だった。
すべての感情を靴底の下へ噛み込ませるような歩み。十数歩ほど進んでも、彼は振り返らなかった。
彼は決して振り返らない。
それは七年のあいだに、自分へ課した無言の規則だった。宿を借りたすべての村。自分のために開かれた、すべての扉。自分のために火を入れてくれた、すべての炉。
彼はいつも同じように去った。振り返らず。
名残を惜しまず。流浪する者が何かへ執着し始めれば、足が弱くなるからだ。
けれど今日、城門の影が彼の背から完全に離れた瞬間、歩調が半拍だけ遅れた。ほんの半拍。
道端で目を覚ましたばかりの鳥でさえ、気づかないほど微かな変化。しかし彼自身には分かった。その半拍のあいだ、何かが細い糸のように、胸のそれほど深くない場所から、背後へ引かれた。
彼は振り返らなかった。けれど、目を閉じた。
何かを自分の中へ押し込めるように。もっと深く。さらに深く。それから再び目を開き、歩き続けた。
朝霧が彼の前で開き、背後で再び閉じる。その長身の背中を、少しずつ呑み込んでいった。霧の向こうで、城の輪郭は次第に薄くなる。
石塔の頂には、まだ昨夜の灯火の温もりが残っていた。彼は止まらなかった。
それでも、あの糸はまだ残っていた。________________________________
最後には、アンナも整えられた空き部屋へ足を踏み入れた。
彼女は頭の中で、昨夜ジェフリーがこの部屋で何をしていたのか想像した。この椅子に座ったのだろうか。この窓にもたれたのだろうか。この寝台では、左側に寝たのか、それとも右側だったのか。
彼女は長いあいだ、ぼんやりと立ち尽くしていた。彼の匂いが完全に分からなくなって、ようやく我に返った。どうして、ほんの数日しか知らない人が、これほど大きな影響を残すのだろう。彼女はその問いを何度も考え続けた。
アディーがここへ探しに来るまで。アディーは扉の外に立ち、静かにアンナを見つめていた。
声はかけなかった。すでにしばらくそこへ立っていた。いつからここにいたのか、自分でもはっきり言えないほど長く。
廊下の向こうを通りかかった侍女が、不思議そうな視線を向け、何も尋ねず静かに立ち去ったほど長く。
アディーは、ただ見つめていた。
長年仕えてきた人が、空き部屋の中央に立っている。空気の中へそっと置かれた磁器の人形のようだった。壊れてはいない。
けれど、その姿勢が息を止めたものだと、誰にでも分かる。
アディーの眉が、わずかに寄った。彼女はアンナのさまざまな姿を見てきた。国王に呼ばれて話し合いへ向かう前の、端正な姿。宴席で距離を保ちながら、隙のない笑みを浮かべる姿。
塔の頂で冷たい風に吹かれ、目を開いたまま夜空を見つめる姿。
けれど、この姿だけは。記憶を何度探しても、似たものが見つからなかった。
これは悲しみではない。アディーは心の中で、静かに見分けた。悲しみなら知っている。口を閉ざし、目元を赤くする姿。強く張った顎。何かを下へ押し込み、必死に抑える姿。これは、それではなかった。むしろ――
自分の身体の中に、これまで存在すら知らなかった場所があると、初めて気づいた人のようだった。
そして今、その場所は空になっている。あまりにも空っぽで、どう扱えばいいのか分からない。
アディーの視線は、アンナが扉の枠へ置いている手へ落ちた。何も言わなかった。
彼女は昔から、いつ話すべきか、いつただそこにいればいいのかを知っていた。今は、扉の外へ立つ。中へは入らない。呼びかけもしない。ただ自分の存在を、廊下の奥から差し込む一筋の光のように置いておく。誰かがここにいる。それだけを、静かに伝えるように。それでも瞳の奥には、憐れみなのか、慈しみなのか、自分でも言葉にできない細かな感情が押し込められていた。
ほんの数日しか経っていない。アディーは心の中で考えた。
あの流浪の騎士は、いったいどんな方法で、いつも自分を固く閉ざしていた人の上へ、これほど深い痕を残したのだろう。
窓の外の陽光が、さらに一寸移った。部屋の中の半分の光と半分の影を、それぞれ別の方向へ静かに引き伸ばす。やがてアディーは、そっと口を開いた。声はひどく低かった。
ほとんど吐息に近い。何かを壊すのが惜しいかのように。「……アンナ」それだけだった。問いかけは続かなかった。急かす言葉もない。「もう行かなければ」とも。「陛下がお捜しです」とも言わなかった。ただ、名前を呼んだ。
静かに隣へ差し出された手のように。アンナが握るかどうかを、待つように。________________________________
同じ頃、城南の石畳の道では。朝霧はすでに大半が晴れていた。
陽光がジェフリーの肩へ落ち、濡れた石畳の上へ長い影を伸ばしている。
彼の歩みは速くなかった。けれど、一度も止まってはいない。
ただ、右手だけは城門を出てからずっと、剣の柄から離れていなかった。いつもの警戒ではない。この道は静かだった。馬車の音さえ、ほとんど聞こえない。
自分でも完全には気づいていない動作だった。手をそこへ置いておくための支えを探しているような。ほかの場所のことを考えないように、手を留めておける何かを求めているような。琥珀色の瞳は前を見ていた。道を。
霧の向こうから現れた、次の町の輪郭を。これから進むべき方向を。彼は心の中で、その方向の姿を何度も描いた。
十分にはっきり描ければ、足が道を間違えずに済むとでもいうように。
________________________________アディーの声を聞いた。「お嬢様」ではなく、「アンナ」と呼ばれたその瞬間。アディーは母親のように、その場で静かに立ち、アンナが手を伸ばすのを待っていた。
「アディー……」アンナは振り返った。
アディーが差し出した手を見つめ、考えるより先に握った。その手は、自分の柔らかな手とは違っていた。
厚みがあり、安心を与える粗さがある。ジェフリーの深いまめとも違う。まったく別のものだった。その違いを、彼女は昨夜初めて知った。「あの人は、ここを出ていっただけなのに……どうして私は……」彼女は一度言葉を止めた。「こんなに悲しいの……」アディーはすぐには答えなかった。
握られた手を、確かに包み込む。掌と掌を重ね、指と指を絡めた。アンナの手が、少し冷たいのが分かった。風の通る廊下へ長く立ち続けたあとの冷たさ。天候のせいではなく、皮膚の下から滲み出るような冷たさだった。アディーは二人の重なった手へ視線を落とした。何も言わなかった。アンナが「悲しい」と言い終えたあと、しばらく沈黙した。
その言葉の前にあった間へ、十分な場所を与え、きちんと落ち着かせるように。それからアディーは、静かに息を吐いた。物分かりの悪さを嘆いたのではない。考えすぎだと呆れたのでもない。多くのものを見てきた人が、一つの言葉を聞いた瞬間に、その重さを見抜き、思わず一緒に息を吐いたような音だった。
「あの方といると、ご自分がご自分のままでいてもよいと、そう思えたからです」
声は平らだった。大きな抑揚もない。
今日の天気や、朝食の話をするように、ごく普通のこととして口にした。
だからこそ、その言葉の重みが、よりはっきりと伝わった。「そういう方は……」
一度言葉を止め、親指でアンナの手の甲をそっと押す。「たとえ数日しか一緒にいなくても、長いあいだ忘れられないものです」アディーはそれ以上、続けなかった。
「でも、もう行ってしまいました」とは言わなかった。「お嬢様は王女で、ご自分の道があります」とも言わなかった。すべて分かっている。アンナも分かっていると、彼女は知っていた。
けれど今朝、この空き部屋の前で口にするべき言葉ではなかった。
ただそこに立ち続けた。アンナが手を握ったままでいられるように。廊下の光が、二人の上へ降り続けるように。窓の外では、名も知らない鳥が軒先で二度鳴き、また静かになった。城南の道で、ジェフリーは最初の人里の入口へ足を踏み入れた。
炊煙の匂いが鼻へ入る。薪を燃やす者がいる。かまどへ火を入れる者がいる。まだ完全には乾いていない泥の上を子どもが走り、小さな水音を弾かせていた。彼の足は、村の入口にある石造りの門の下で一度止まった。いつもの習慣だった。新しい場所へ着くと、必ずこうする。
まず立ち止まり、目で道を一巡する。雑貨屋はどこにあるのか。鍛冶屋はどこか。道を尋ねられそうな者はどこにいるのか。七年の流浪で身についた本能だった。呼吸より自然な動き。彼の視線は村の入口を一巡し、左側の低い石壁へ止まった。
壁の上には老人が座り、何かの皮を剥いていた。手の動きはゆっくりとしていて、安定している。
一生続けてきた動作のようだった。考えなくても、手が勝手に動く。ジェフリーは、その両手をしばらく見つめていた。
何を見ているのか、自分にも分からなかった。ただ突然、昨夜のことを思い出した。暗闇の中で、一組の手が彼の袖をそっと掴んだ。
力は強くなかった。本人さえ気づいていなかったのではないかと思うほど、軽い力。
けれど彼は感じていた。はっきりと感じていた。喉が、わずかに動いた。琥珀色の瞳は、村の奥へ続く方向へ向けられた。眼差しは静かだった。
深い水を湛えた池のように。水面には何もない。
けれど、その下では何かが沈み続けている。さらに深く。また深く。
彼は剣の柄から右手を離し、外套を身体へ引き寄せ、再び歩き始めた。
足取りは、変わらず安定していた。
________________________________アンナの手が、少し強くなる。何かを感じようとしているかのように。けれど、アディーから感じるものは違っていた。この違いが、ほかの誰にも与えられないものだと分かった。彼女はアディーを愛している。
アディーを信頼している。とても大切な人だと思っている。けれど違う。完全に違う。答えはあまりにも早くやってきた。自分が迷う時間さえないほど早く。気づいたときには、もうそこにあった。「私……あの人に恋をしてしまった……」彼女は静かに言った。とても淡く、柔らかな声で。
けれど、その言葉は重く彼女の上へ落ちた。
あるものを見てしまえば、もうそこから立ち去れなくなる人もいる。アディーの言葉を思い出した。ようやく分かった。雨音のする夜を、一晩過ごしただけで分かってしまった。アディーの手が、わずかに止まった。
ほんの一瞬。静かな水面へ石が落ち、まだ波紋が広がっていない瞬間のように。
そして彼女の手は再び強くなり、アンナの手をさらにしっかりと包んだ。驚いたのではない。惜しんだのでもない。ただ、より確かに握った。「分かっています」とは言わなかった。
「初めから気づいていました」とも言わなかった。慰めのように聞こえる言葉も、一つも口にしなかった。
ただ頭を少し下げた。その言葉がこの部屋へきちんと落ちるように。静かな朝の中へ、十分に落ち着けるように。必要な場所を占められるように。遮らず、急いで片づけようともしなかった。窓の外の光が、また一寸移った。
長い時間が過ぎた。廊下の遠くにある水時計が、何度も滴るほどの時間。やがてアディーは静かに口を開いた。
誰かへではなく、この部屋そのものへ聞かせるような低い声だった。
「分かっています」それに続けて、「でも、お嬢様は王女です」とは言わなかった。現実についての言葉は、一つも口にしなかった。
それらの言葉を知らないからではない。けれど愛というものは、初めて言葉になった朝くらい、誰かに現実で重さを測られる必要はなかった。それ自体が、すでに十分重かった。
アディーは顔を上げ、アンナの横顔を見た。今の顔は、静かだった。無理に作った平静ではない。何かを認めたあとに生まれる、かえって力の抜けた静けさ。
重い石を抱えて長い道を歩き続けた人が、ようやく立ち止まり、その石が本当に重いのだと認めたようなものだった。
認めたことで、ようやく息ができる。
アディーの瞳の奥へ、何かが浮かんだ。それが外へ出ないよう、そっと睫毛を伏せた。あるものを見てしまえば、もうそこから立ち去れなくなる人もいる。
自分が言った言葉だった。あのときは、これほど早く誰かが受け止めるとは思っていなかった。
これほどぴたりと重なり、目の前の姿になるとも思っていなかった。親指の側面で、アンナの手の甲の節をそっと押した。涙を拭う動作ではない。
もっと無言の返事に近かった。聞きました。あなたが言ったことを、覚えておきます。
二人は、そのまま立っていた。誰かがいた痕跡をすべて片づけられた空き部屋の中で。彼が残した最後の匂いさえ、もうすぐ完全に消えてしまう空気の中で。________________________________
城南、村の石門の下。ジェフリーは雑貨屋から出てきた。手には乾燥させた食料が半分あり、左側の革袋へ入れた。
顔を伏せて袋口の留め具を結ぶ。動きは素早く、一息で終わった。それから顔を上げ、空を見た。雲はさらに薄くなっていた。
陽光がより直接降り注ぎ、石畳に残っていた湿り気を少しずつ乾かしている。彼はその温かな光の中へ立っていた。けれど、すぐには足を動かさなかった。
ただ静かに空を見つめた。境界がなく、掴むことのできない方向を。七年の流浪の中で、彼は自分へ「なぜ」と問わないことを覚えた。なぜ歩き続けるのか。なぜ宿を借りても、毎回夜明け前には出ていくのか。なぜ夢の中の人の顔は、いつも見えないのか。
それでも七年間、磁石に引かれる針のように、方向を尋ねることなく動き続けてきた。けれど今朝。
もう十分遠くへ離れているはずの朝に、突然一つの声が頭の中へ浮かんだ。夢の中の声ではない。
夢の声はいつも聞き取れなかった。その声は本物だった。
昨夜の声。少しの嗚咽と、少しの意地を帯び、雨音の中へ消えそうなほど淡かった声。
彼は強く一度瞬きをした。
琥珀色の瞳は、再び前方の道へ戻った。南へ続く、真っ直ぐな道。
手が無意識に、また剣の柄へ伸びた。
今度は、その動作に気づいた。自分の手を見下ろす。指の節を見る。
ほんの一秒ほど。それから眉間へ、ごく僅かな皺が寄った。
自分でも意味を説明できない形。彼は手を引き戻し、拳を作って身体の横へ置き、再び歩き始めた。________________________________
空き部屋を出たあと、アンナは自分の部屋で呆然と座っていた。一つの問題を考えた。
未来と運命に関わる問題。私はもうすぐジーロング王子と結婚しなければならない。
そういうことではない。私は王女で、あの人はただの流浪者。そんな単純な問題でもない。
どうすれば、彼へ自分が愛していることを伝えられるのか。彼女にとって、それ以外はどうでもよかった。どんな困難も越えられる。
涙も飲み込める。ただ、自分が彼を愛していることをどう伝えるのか。そして伝えたうえで、彼自身にどうするかを選ばせる。
もし彼も自分の愛を受け入れるなら、どんな困難でも排除するつもりだった。もし彼が怯み、退くのなら。彼女は捨てられることには、もう慣れていた。全身傷だらけの人間は、傷が一つ増えることなど、とうに気にしなくなっている。
三か月の期限までは、まだ十分な時間がある。何が起きてもおかしくなかった。________________________________
ジェフリーは村の入口にある古い井戸のそばへ腰を下ろし、水袋の水を一口飲んだ。彼は旅を急がない。一度も急いだことはなかった。流浪する者には、道を急ぐ理由がない。絶対に行かなければならない場所などない。
必ず守らなければならない時刻もない。七年のあいだに、彼は歩調を均一にすることを覚えた。身体に任せて進むことを覚えた。
明日のことを決めすぎないようになった。けれど今日、井戸の縁へ座っていると、奇妙な静けさを感じた。
静かなのではない。静かすぎる。いつも音がしていた場所から、突然音だけが消え、その輪郭だけが残されたような。
その輪郭のほうが、音そのものよりもうるさかった。彼は顔を伏せ、手に持った水袋を見つめた。革はすでに古びている。隅の一か所に裂け目があり、半年前に自分で縫い直していた。縫い目は美しくない。けれど丈夫だった。
彼はその縫い目を、必要以上に長く見つめた。
やがて、本当は縫い目など見ていないことに気づいた。
何を考えているのか、彼は言葉にはしない。けれど琥珀色の瞳は、ゆっくりと水袋の革から離れ、北へ一度向けられた。ほんの一度。すぐに視線を戻した。素早く、乱れなく。自分を律することに慣れた者が、視線の端で育ち始めた何かを切り落とし、それ以上伸びないようにするような動きだった。
水袋の栓を閉じ直し、立ち上がる。膝の上には存在しない埃を、軽く払った。三か月。その考えがどこから入り込んだのか分からなかった。彼は眉を寄せた。突然入り込んできた考えを、不快に思うように。彼はその期限を知らない。
背後へ残してきた人が今、自分の部屋へ座り、まだ始まってさえいない二人の間の何かのために、静かに、ほとんど意地を張るように、細い隙間を押し開こうとしていることも知らない。
ただ、自分がまだ歩いていることだけを知っていた。南へ。次の町へ。なぜ向かうのか、いつも分からない場所へ。けれど今日、その道を歩く足の裏には、今までになかった細かな違和感があった。靴の中へ砂粒が一つ入り込んだような感覚。無視できるほど小さい。
それでも一歩ごとに、確かに存在を感じる。半里ほど歩いたところで、斜めに伸びた古木の下へ立ち止まった。理由は言わない。ただ、止まった。
背中を木の幹へ預け、顔を上げた。陽光が直接顔へ落ちる。閉じた瞼へ当たり、その内側の暗闇を暗い赤へ変える。しばらく日向へ置かれている必要がある人のようだった。陽光に何かを乾かしてもらおうとしている人のようだった。
北から風が吹いてきた。城の方向から運ばれてくる匂い。
野原。濡れた石畳。草の根。どこにでもある、普通の匂い。特別なものではない。
彼は自分へそう言い聞かせた。
その方向から吹く風を深く吸い込み、鼻からゆっくりと吐き出した。そして目を開いた。陽光の中で、睫毛がかすかに震える。
琥珀色の瞳の奥では、何かが朝に出発したときより、わずかに深くなっていた。顔を伏せ、再び南へ続く道を見る。彼は心の中で、とても静かに自分へ一つの問いを投げた。
すぐには答えなかった。その問いを胸へ押しつけた。
種を土の中へ埋め込むように。深く。重く。それから歩き続けた。けれど今度は、右手が剣の柄を探すことはなかった。力を抜いて身体の横へ垂らし、歩みに合わせて軽く揺れていた。何かがその手を握るのを、待っているかのように。________________________________
アンナは窓辺へ座ったまま、しばらく呆然としていた。
突然、アディーへ話しかける。顔は向けなかった。けれど、アディーがずっと自分のそばへいることは分かっていた。「ねえ……あの人、城東の宿へ泊まったのよね……?」アディーの答えを待つ。心の中では、何かの考えが芽生え始めていた。
アディーは一拍だけ沈黙した。その一拍は、どんな言葉よりも多くを語っていた。アンナの背後へ立ち、その背中を見つめる。
窓枠へそっと置かれた両手。窓の外の光が、アンナの横顔へ細い輪郭を描いている。
アディーは、その問いの背後にあるものを知っていた。次に自分が口にする言葉が、芽生えたばかりの考えをどちらへ押し出すのかも分かっていた。彼女はそっと息を吐いた。「城東の宿には、泊まっておりません」声は安定していた。
急ぐことなく、大切なものを平らな場所へ置き、それだけで立たせるような口調だった。「門番の話では、夜が明ける前に……」一度言葉を切る。「出ていかれたそうです。南門から、お一人で。まだ完全に夜が明ける前に」余計な語気は加えなかった。「だから」とも。「ほら」とも。
この事実へ結論を与えようとする言葉は、一つも続けなかった。
ただ、その事実をアンナの窓辺の静けさへ、そっと落とした。そして半歩前へ進み、アンナの背後へ立つ。視線を窓の外、城南へ通じる方角へ向けた。
そこへ続く道は、今は陽光にはっきりと照らされている。石畳の隙間には、まだ昨夜の雨の色が残っていた。
濃い場所と、薄い場所。誰かが残した痕跡が、まだ太陽に完全には乾かされていないようだった。アディーはそれ以上、何も言わなかった。
けれど瞳の奥では、小さな光がひそかに灯っていた。これからどうするのかを、見守る光。強制でもない。けしかけるものでもない。多くのものを見てきた人が、適切な瞬間に扉を少しだけ押し開き、自分は脇へ退いて、静かに待っているような光だった。アンナがその扉をくぐるかどうか。
彼女は決断を待っていた。城東の宿へ泊まっていないと聞いた瞬間、アンナの胸が強く締めつけられた。ようやく振り返る。速く、激しい動きだった。「泊まっていないの? それなら、どこへ行くの?」彼は、この地を離れるのだろうか。その問いが、刃のようにアンナの心を切り裂いた。昨日は確かに、きちんと礼を言い、彼が去れば何もかも元へ戻るのだと思っていた。けれど今日、本当に離れていくのかもしれないと知っただけで、どうしてこれほど痛むのだろう。
これまでにないほど素早く振り返るほどに、痛かった。アディーはその勢いに押されても、後ろへ下がらなかった。ただ、その瞳を受け止めた。中にある焦りを受け止めた。
問いの背後にありながら、言葉にはならなかったすべてを受け止めた。しっかりと立っていた。壁のように。行く手を塞ぐ壁ではない。アンナがぶつかれる場所を与えるための壁。
アディーは静かに視線を返した。一呼吸の沈黙のあと、高くはないが、はっきりとした声で言った。
「あの方は流浪の騎士です、お嬢様」
「どこかへ行かれるのではありません。どこへでも行かれるのです」残酷に言うつもりはなかった。それでも、その言葉は確かに刃だった。アディー自身も、その鋭さを知っている刃。
人を傷つけるために使ったのではない。
一つの事実の輪郭を、はっきりと切り出すために使った。曖昧さをなくし、アンナ自身が見られる形にするために。彼女は一歩近づき、さらに声を低くした。
「ですが……」その「ですが」に、どれほどの重さを与えるべきか測るように、少しだけ止まった。「城南へ向かう道は、一本しかありません」
言い終えると、それ以上は何も加えなかった。
その言葉を、そっとアンナの手へ渡す。それから半歩下がり、目を伏せ、今も朝日の中にある石畳の道へ視線を向けた。
城南、古木の下で、ジェフリーはまだ動かずにいた。どれほど長く立っていたのか、自分にも分からなかった。陽光の角度は少し変わっている。彼の影は左側から正面へ移り、細長く泥道の上へ伸び、靴先よりさらに前へ広がっていた。
彼は顔を伏せ、その影を長いあいだ見つめた。それから木の幹から背を離し、肩に存在しない何かを払った。深く息を吸い、荷物の帯を上へ押し直す。
南へ向かって三歩進んだ。そして、止まった。琥珀色の瞳は真っ直ぐ前方の道を見ている。眼差しには何の波もない。深い水のように。
七年のあいだ、出発するたびに見せていた姿と同じ。けれど彼の足は、それ以上動かなかった。その場へ立ち尽くした。眉間へ、わずかに皺が寄る。二つの方向が胸の中で、音もなく力を競っているようだった。そのせいで、呼吸さえ普段より僅かに浅くなっている。
彼は手を伸ばし、親指で人差し指の節を強く擦った。考え事をするときだけ現れる動き。一つのことを頭の中で、何度も裏返し続ける者の動作。彼は何かを考えていた。城門を離れたときから、心の中へ埋めたもの。十分深く埋めたと思っていた。
遠くまで歩けば、その重さは足取りとともに薄れていくと思っていた。けれど、薄れなかった。歩くほどに確かなものになった。
歩くほど重くなった。胸の中央へ、存在しないふりのできない石のように乗っていた。
彼は空へ顔を上げた。空は青い。
洗われたような青。
昨夜の雨がすべての灰色を持ち去り、清潔すぎて少し見慣れない色だけを残していた。顔を上げたまま、陽光に照らされる。閉じた睫毛。額の端の薄い傷痕。そしてゆっくりと、顔を戻した。身体を北へ向ける。
城のある方向へ。今朝、一歩ずつ離れてきた輪郭へ。朝日の中で、それは地平線に立つ無言の問いのようだった。
彼が答えを出すのを待っている。彼はその場へ立ち尽くした。身体の横へ垂らした両手が、ゆっくりと拳を作った。
________________________________城南へ続く道は一本しかない。間違えるはずはない。たとえ間違えても、人へ尋ね続け、必ず最後まで追う。
「アディー……お願いがあるの……」アンナは静かに言った。けれど声の中には、動かしようのない決意が満ちていた。「少しだけ外へ出たいの。私がいないことを、誰にも知られないようにして」目を上げた。先のことまで考えてはいない。けれど少なくとも今、自分が追いつき、答えを求めるべきだとは分かっていた。
「聞いたら、すぐに戻るわ」淡々と続ける。「道は一本だけ。迷わないから」アディーは、丸々三秒間沈黙した。彼女にとって三秒は短くない。
いつでも物事を無駄なく処理する人だった。考えるのも速い。決断も速い。何かを前にして、一呼吸以上ためらいを表情へ見せることは、ほとんどなかった。けれどその三秒間、アディーはアンナの顔をしっかりと見た。衝動による赤みはない。目元も濡れていない。
心配になるような感情の痕跡は、どこにもなかった。あるのは、静かな確信だけ。骨の隙間から滲み出すような、揺るぎのないもの。すべての恐れを先に飲み込み、方向だけが残った人の顔。アディーは、その表情を知っていた。鏡の中で見たことがある。
アンナのために何かを決断し、その後始末を一人で背負った夜に。彼女は目を伏せ、静かに息を吐いた。それから振り返り、衣装掛けへ歩く。落ち着いた、慣れた動きで、濃い色の外套を取った。普通の布。普通の仕立て。王女の衣装には見えない。町の裕福な家の若い娘が、用事のために外出するときのものに見えた。
アディーは戻り、その外套をアンナの肩へ掛けた。指で襟元を丁寧に整える。これまで数え切れないほど繰り返してきた動作。けれど今回は、手が一度アンナの肩へ留まった。そっと押す。強くはない。
それでも、確かな重みがあった。「お休みになっていると申し上げます。頭痛がするため、誰にもお会いにならないと」
声は静かだった。一語ずつ、はっきりと落ちる。それから顔を上げ、アンナを真っ直ぐ見つめた。瞳の奥には、口にした言葉よりも深いものがあった。「確かめてきてください」それだけだった。「でも」は続かない。
「必ず戻ってください」もない。言葉の力を弱めるものは、一つも加えなかった。半歩下がって身体を横へ向け、扉へ続く方向を空けた。
そして、限られた召使いしか知らない細い道へアンナを導いた。城内の衛兵を避け、主人のために人知れず用事を済ませるときに使う通路だった。変装は完璧だった。
外套の下にある手が、これほど白く繊細だとは、誰にも気づかれない。
アディーの助けで、アンナは一頭の馬を用意した。
彼女は馬に乗れる。しかも腕は優れていた。王宮の騎士たちにも劣らない。馬に乗ることは自由だった。彼女は馬上で何度も想像した。
王宮から遠く離れることを。自分を傷つけるすべてから逃げ出すことを。けれどアディーだけは。アディーは、最も置いていけない人だった。二番目は衛兵長のクループ。彼女へ馬術を教えた人。
そのことだけでも、アンナは心の中へ少しだけ彼の場所を作っていた。「行ってくるわ。聞いたら、すぐに戻るから」
アンナはもう一度、アディーへ告げた。手綱を引き、馬首を返す。
迷うことはできない。迷えば、誰かに見つかるかもしれない。だから馬の腹を蹴った。馬が走り始める。
アディーは側門の前へ立ち、その背中が角の向こうへ消えるのを見つめた。呼び止めなかった。追いかけもしなかった。ただ馬がアンナを乗せ、石壁の向こうへ曲がっていくのを見ていた。
朝日の中で蹄の音が遠ざかり、やがて風に覆われて消えた。しばらくその場へ立っていた。それから身体を返し、前掛けを整えた。顔にあるすべての表情を、普段の姿へ戻す。廊下へ戻っていった。
やるべきことがある。近づく者を止めなければならない。誰かのために、一枚の扉をひそかに守らなければならない。________________________________
城南の道は、二頭の馬がすれ違えるだけの幅だった。ジェフリーは道の右側を歩いていた。先ほどよりも歩調は速い。けれど走ってはいない。
胸の中へ一つの方向が生まれ、足が自然にそれへついていくような速さ。
朝風が道端の草を左右へ揺らしている。昨夜の雨水は、まだ草の先へ残っていた。
時折風に弾かれ、彼の革の長靴へ落ち、濃い小さな点を残す。彼は下を見なかった。瞳は北へ向いていた。前方の道は、緩やかな坂へ向かって少しずつ上っている。
坂の頂の空は澄み切り、青すぎるほど青かった。
誰かがわざわざ洗ったかのように。やがて馬の蹄の音が聞こえた。ただ通り過ぎる馬の音ではない。坂の頂から、こちらへ向かってくる。とても速い。道を急いでいるというより、何かを追っているような切迫した音だった。
彼は反射的に道端へ半歩寄り、身体を横へ向けた。右手が習慣的に剣の柄へ伸びかける。
そのとき馬が坂の頂を越え、視界へ現れた。馬を見る。その背中にある人影を見る。風を受け、後ろへ大きくはためく濃い色の外套。その下から覗く衣の裾。手綱を握る両手。彼の目が、わずかに細くなる。見分けるためではない。
見分ける必要などなかった。心がすでに確認したものを、瞳でもう一度確かめただけだった。彼はその場から動かなかった。蹄の音が近づき、ますます大きくなる。
道端の草の音さえ、すべて掻き消していく。彼は道の右側へ立ったまま。朝日が長い影を作る場所へ立ったまま。
琥珀色の瞳を、近づいてくる人影へ向けていた。呼ばなかった。
手も振らなかった。
これまで無数の分かれ道で立ってきたときと同じように、ただ待った。けれど今回は、口元の端が少しずつ上がった。ごく僅かに。ごく淡く。自分自身さえ気づいていないほどの変化。胸の最も深い場所から何かが、不意にその表情を押し出したかのようだった。馬は全速力で走り、周囲の景色は何も見えないほどぼやけていた。
アンナは一人の男のそばを通り過ぎた。顔ははっきり見えなかった。それでも心の中の声が、止まれと告げた。彼女は強く手綱を引き、馬の向きを制御する。激しい力に馬は前脚を高く上げ、鳴き声を上げた。彼だろうか。馬首は返さなかった。自分だけが振り返り、確かめた。
違っていたら、すぐに立ち去るつもりだった。馬の前脚が宙へ浮いた瞬間、ジェフリーは半歩前へ出た。本能だった。急に馬を止め、身体の重心が前へ傾いた人を見た瞬間、頭より先に身体が動いた。手はすでに少し上がっていた。受け止める準備。
その人影が前へ崩れたら、すぐに駆け寄る準備。やがて馬は安定した。彼はその場で止まり、手を下ろした。
そっと息を吐く。あまりにも微かで、風が吹けば消えてしまうほどだった。その人影を見つめる。まだ背を向け、こちらを見ていない。けれど背中は強く張っていた。平静を装おうとしているのに、肩甲骨の角度がすべてを裏切っている。
彼には分かった。そして彼女が振り返った。ただ顔を向けただけ。横からの光の中から、顔の輪郭が現れる。朝日がその姿をはっきりと照らした。
眉の間にある焦り。少しの探るような感情。本人は隠したつもりでも、まったく隠れていない何か。すべてが明らかになった。ジェフリーは、その場から動かなかった。
二人の視線が重なる。重なった瞬間、彼の喉がわずかに動いた。何かが外へ出ようとし、それをとても軽い力で押し止めたように。けれど、長年わずかな厳しさを帯びていた眉が、その瞬間に緩んだ。
大きな変化ではない。ごく細かく。
長いあいだ強く張られていた弦を、誰かが半目盛りだけ緩めたような変化。ほとんど音のしない、ひそかな緩み。彼は笑わなかった。
口元は平らだった。けれど瞳の中に、何か温かなものがあった。
琥珀へ光が透けたとき、内側から現れる色のように。表面より深く。表面より温かい。彼は朝日の中へ立っていた。彼女の馬の斜め前へ。
先ほど方向を変え、北へ戻り始めた道の上へ。口を開く。声は落ち着いている。自分でも隠せているか分からない何かが、僅かに含まれていた。「どこへ行く?」とても軽く尋ねた。答えは初めから知っているのに、それでも聞きたいかのように。その聞き慣れた声と顔を前にして、アンナはようやく力を抜いた。
「人を捜しに」軽く答えた。彼の真似をしているような口調だった。ジェフリーは一瞬だけ黙った。
風の音に隠れるほど短い間。けれど、その一瞬に、瞳の中で何かが動いた。そして顔を伏せ、静かに笑った。大きな笑いではない。口元を広げるような、明るい笑いでもない。
口元の一部から、ゆっくりと広がった浅い弧。石が水の中へ沈んだあと、水面へ最後に現れる一つの波紋のようだった。顔を上げる。琥珀色の瞳が、もう一度彼女の顔へ向けられる。今度は、その眼差しを引っ込めなかった。
「見つかったか?」先ほどより、少し低い声。彼女一人にだけ聞かせるような声。ひそかな温もりを含んでいた。袖の下へ隠した体温のように。
目立ちはしない。けれど、近づけば必ず感じられる。彼は馬の斜め後ろへ立っていた。朝日の中へ。方向を変え、戻ってきた道の上へ。一つのことを考え終え、もう押しのけるつもりのない者のように、しっかりと立っていた。
彼女の答えを待つ。瞳は離れない。呼吸は安定している。深い水のように。水面には何もない。
けれど底では、何かが燃えていた。
静かに燃えていた。「見つけたわ」彼女の瞳も、真っ直ぐ彼を見た。目を逸らさない。獲物を見つけた者の眼差しではなかった。もし自分のものになったなら、どんなものであっても大切にする。そういうものを見る眼差しだった。「あの人が、どこへ行くのか知りたいの」これは質問ではない。
答えを求める言葉だった。「それから、どうして出ていったのか」ジェフリーは、すぐには答えなかった。ただそこへ立ち、彼女の眼差しを受けていた。二つの言葉を自分の上へ落とさせる。問いではない。答えを要求している。
彼はそれを、はっきりと聞き取った。その口調には、躊躇の余地がなかった。とても軽い刃のようだった。何も切れないほど軽く見えるのに、すでに中へ食い込んでいる。顎の線が、わずかに動いた。横へ二歩進み、馬のそばへ立つ。手を伸ばし、手綱を下へ軽く押して、馬を落ち着かせた。
その手は安定していた。馬は、その安定を理解した。実際、それ以上動かなかった。それから顔を上げ、もう一度彼女を見た。この角度では、少し見上げなければならない。
彼女は馬上。彼は地面。けれど、その角度によって彼の眼差しが低くなることはなかった。琥珀色の瞳は静かに、真っ直ぐ彼女の顔へ向けられる。決して逸らされない、その瞳へ。長い沈黙があった。
道端の草が風に倒され、また起き上がるほど長く。遠くの鳥が一度鳴き、また黙るほど長く。沈黙そのものに、重みが生まれるほど長く。やがて彼は口を開いた。「どこへ行くのかは……」胸の奥深くから出てくるような低い声。「まだ決めていない」
一度止まった。次の言葉を、安定して置ける場所を探すように。「だが、少し前までは南へ向かっていた」そう言ったときも、視線は外れなかった。眉も寄らなかった。
言葉を軽く見せようとする表情は、どこにもなかった。飾らず、裸のまま、その言葉をそこへ置いた。彼女自身が重さを量れるように。
彼の手は、まだ手綱へ軽く触れていた。長い指は強くならない。ただ置かれている。一つの決断をすでに骨の中へ押し込めた者が、立つために何かを強く握る必要などないように。
「それなら、どうして戻ってきたの?」
今度は本当の問いだった。
去るつもりだったのなら、なぜ考えを変えたのか。彼女は知りたかった。口調は強くない。けれど彼女は、もともと直接的な人間だった。遠回しには言わない。尋ねることにも、交渉にも慣れている。
苦しみの中でも生き続けられるよう、自分で身につけたものだった。ジェフリーは一拍黙った。この問いが来ることは、初めから分かっていた。
あるいは北へ向き直った瞬間から、いつかは答えなければならないと知っていた。朝の半分ものあいだ、胸へ押し込めていたものを、いつか言葉の形へ変えなければならない。彼は逃げなかった。瞳を横へ向けない。地面も見ない。時間を稼ぐための細かな動作も、何一つしなかった。ただ顔を上げ、彼女を見た。問いを真正面から受ける。その視線の中で、自分の足を安定させる。
そして口を開いた。「砂粒が一つあったからだ」取るに足りないことを話すような、淡い声。けれど、その下には何かが重く押し込められていた。「道の途中で、靴の中へ砂粒が一つ入った」一度止まる。「小さい。だが、一歩ごとに感じた」
親指が、人差し指の節へ軽く触れた。考えるときだけに出る動作。けれど今回は、何かを考えているのではない。何かを確かめている。「七年だ」彼は言った。「一度も振り返ったことはない」その言葉のところで、声が半拍ゆっくりになった。
「今日は、歩き続けるのが少し難しかった」それ以上は何も言わなかった。
「だから」とも。それが何を意味するのかも、説明しなかった。
答えの最後の一歩を、彼女の代わりに歩こうとはしなかった。その答えを彼女の手元へ押し出す。自分で受け取り、自分で重さを量れるように。琥珀色の瞳は、静かに彼女を見つめていた。待っていた。
一度も振り返らなかった人が、今回は歩き続けられなかった。アンナは馬の腹を軽く蹴り、彼のそばまで進ませた。近づいた。彼と離れていたくなかった。「それなら、最初はどうして出ていこうと思ったの?」静かに尋ねた。自分の声が震えて聞こえないよう、できるだけ努めながら。
馬が近づいても、ジェフリーは下がらなかった。
その場に立ち続け、彼女を乗せた馬が自分の肩の横まで来るのを受け入れた。手を上げれば、彼女の膝へ触れられるほど近い。けれど、手は上げなかった。ただそこへ立ち、馬の体温と呼吸を感じていた。彼女がこれほど近くにいることを感じていた。
二人のあいだの空気の中で、何かが微かに変わった。なぜ出ていったのかという問いを聞いた。彼女が声を平静に保とうとしていることも分かった。その僅かな震えまで聞こえた。七年の流浪が、彼のすべての感覚を普通の人より鋭くしていた。はっきり分かった。けれど、それを指摘はしなかった。
顔を伏せ、地面を見る。自分の靴先のそばへ残った、新しい馬の蹄の跡。しばらく沈黙した。やがて顔を上げ、彼女を見る。瞳だけではない。顔全体を見つめた。何かをはっきり言う前に、言葉を渡す相手を、きちんと見ておこうとするように。「歩き去ることに慣れているからだ」平らな声。自分を弁護するつもりは、どこにもなかった。
「一つの場所へ長くいれば、そろそろ出ていくべきだ。七年間、そう自分へ言い聞かせてきた」
目がわずかに細くなる。遠いものを見ているように。「歩き続ければ、考えなくて済む。答えのない問いを、自分へ投げなくて済む」一度止まる。「君は城の中にいる」彼は言った。「だが、俺は城の中にはいられない」口調は平らだった。けれど、その中にあるものは平らではない。
「君は王女だ」とは言わなかった。「俺は流浪者だ」とも言わなかった。二つの事実を、最も短い距離へ押し込めた。そのまま立たせ、二人の間にある距離を、彼女自身に見せた。今朝、彼が歩いて越えようとし、最後まで越えられなかった距離。
彼の手は身体の横へ垂れたまま、動かなかった。「だが……」その場所で、声が少し軽くなった。ほとんど内側へ引き込むような声。
話しているうちに、思っていたよりも正直になっていると、突然気づいた人のように。
「昨夜、君が泣いていたとき……」それ以上は言わなかった。
けれど瞳は、真っ直ぐ彼女の顔へ向けられていた。とても安定している。
続きの言葉を、すべてその眼差しへ置いたかのように。
「君は城の中にいる。だが、俺は城の中にはいられない」その言葉は、刃のようにアンナの心を切り裂いた。そうだった。
それも彼女が考えていた問題だった。以前、自分へ問いかけたことがある。ジェフリーが城壁の外にいるのなら、自分はどこにいればいいのだろう。けれど彼女は、その後に続いた言葉について尋ねることを選んだ。
「私が泣いたとき、どうしたの?」眼差しは変わらず、彼から逸れない。意地を張り、否定するつもりもなかった。
自分が彼の前では泣けるという事実を、すでに受け入れていた。ジェフリーは彼女の目を見つめた。彼女が逸らさないことを見た。昨夜のことを受け止め、言い訳もせず、何もなかったふりもしない姿を見た。彼の喉が、かすかに動いた。
横へ半歩移る。後ろへ退いたのではない。彼女と視線の高さを、もう少し近づけたかった。
この言葉を、顔を上へ向けたまま伝えたくなかった。彼女とほぼ同じ高さへ立ち、はっきりと話したかった。そして口を開いた。
「君が泣いていたとき……」その声は、とても低かった。この道にだけ聞かせるような声。「今ここを去ったら、これからこの場所を思い出すたび、俺はあの泣き声だけを思い出すだろうと思った」ゆっくりと言った。言葉を選んでいるのではない。一語ずつ確かに落ちてから、次の言葉を口にするように。
「誰にも大丈夫だと言われないまま、一人で泣き疲れて眠った人を思い出す」眉間が、わずかに強くなる。
薄い傷痕が眉の動きに合わせて歪み、すぐに戻った。「七年間、流浪してきた」彼は言った。「多くの場所で眠った。多くの町を通った。覚えている人は少ない」
この瞬間、瞳には何の逃げもなかった。琥珀色の奥には、何かが沈んでいる。長く押さえられていた石が、ようやく裏返され、光を浴びたように。
「だが、君のことは……」彼は言った。「忘れられないと思う」言い終えても、動かなかった。
何も付け加えなかった。
二人の間を風が通り抜け、彼女の外套の裾を、彼のほうへ軽く揺らした。
彼は一度だけそこへ目を落とし、再び顔を上げ、彼女を見続けた。その言葉を聞いた瞬間、アンナの鼻先と目元が赤くなった。紫羅蘭色の瞳の中から、何かが再び溢れそうになる。
「それなら、行かないで」
彼の言葉へ答えただけのようでありながら、そこには僅かな懇願が含まれていた。彼女は誰かへ懇願したことがなかった。アディーへさえ。何かを頼んだことはある。けれどそれは我がままであり、甘えであり、アディーなら必ず受け入れてくれると分かっている頼み方だった。
今回は違う。彼の決断が怖かった。
彼が去ったなら、それを受け入れるまで長い時間がかかると分かっていた。ジェフリーは、一瞬だけ固まった。本当に一瞬。ほとんど気づかれないほど短かった。その言葉はあまりにも淡く、最初の一秒は風の音かと思うほどだった。けれど次の瞬間、違うと分かった。はっきり聞こえた。
その言葉も。その下へ押し込められていた、僅かな懇願も。本人さえ漏れていることに気づいていないかもしれない、その微かなものも。
胸の中の何かに、ひそかに細い亀裂が入った。彼は赤くなった目元を見た。鼻先を見た。紫羅蘭色の瞳の中で、何かが上へ込み上げているのを見た。彼女は耐えていた。彼には分かる。あれほど誇り高い人が、涙を落とさないよう耐えている。
それでも、あの言葉を口にした。彼はその場へ立ち、すぐには答えなかった。ただ彼女を見つめた。
その三つの言葉を、自分の上へ確かに落とす。その重さを、はっきりと受け止める。
やがて手を上げた。ゆっくりと伸ばす。馬上へ置かれている彼女の手へ。ためらいはない。けれど急ぎもしない。
指が、そっと彼女の手の甲へ重なった。深いまめのある手で、彼女の手をしっかりと押さえる。握ったのではない。ただ上へ置いた。一人の人間が、もう一人の手へ自分の手を重ね、ここにいる。そう伝えるように。彼は、触れた手に先に話をさせた。
それから口を開く。これまでのどんなときよりも低い声。
深く沈み込むような声だった。けれど一語ずつ、確かな重みがあった。「アンナ」彼女の名前を呼んだ。お嬢様でもない。距離を生む呼び方でもない。ただ、名前だけ。
昨夜呼んだときと同じように。遠い場所から何かを持ち帰り、ようやく本来あるべき場所へ置いた人のように。
「もう行かない」
それだけだった。「だが」はない。条件もない。
その言葉を弱めるものは、何一つない。
そのまま真っ直ぐ、そこへ立たせた。今朝彼が南へ向かって踏み出したどの一歩よりも、確かに。
彼女の手の甲へ重ねた手が、僅かに強くなった。本当に僅かに。もう行かない。彼は、もう行かない。その言葉がアンナの頭の中で繰り返され、ますます大きくなっていった。
彼女は手綱を放し、代わりにジェフリーの手を握った。
指先で彼の掌をなぞる。深く刻まれたまめが、心を落ち着かせた。「もう行かない……」彼の言葉を繰り返した。自分へ聞かせるように。
彼がロシニトロへ残っている限り、この場所の中へ少しの生命を感じられる。自分の心にも、落ち着ける場所ができる。まだ三か月ある。何が起きてもおかしくない。ジェフリーは、彼女の指が手綱から離れ、自分の手を握ったのを感じた。動かなかった。彼女の指先が掌をゆっくりと撫でるままにした。皮膚の奥まで深く刻まれたまめを撫でさせた。
七年間の道が残したまめ。剣の柄が作ったもの。風と陽光に晒されて作られたもの。数え切れない朝、荷物の帯を握って出発するたびに作られたもの。
これほど優しく、それらをなぞった者は一人もいなかった。何かを読んでいるように。
自分が見ていない歳月を、指先で少しずつ理解しようとしているように。彼の指も、ゆっくりと彼女の手を包み返した。強くはない。何かを驚かせ、逃がしてしまうことを恐れるように。けれど、とても安定していた。掌の奥から伝わる、重い温もりを彼女が感じられるほどに。
彼女はもう一度、その言葉を繰り返した。「もう行かない」彼女の口から出た言葉は、彼が言ったときとは違って聞こえた。彼には説明できない何かが含まれていた。暗闇を長く歩いてきた人が、ようやく一つの灯りへ触れたような。灯っていると大声では言えない。
ただその事実をそっと繰り返し、本物であることを確かめるような声だった。
ジェフリーの喉が動いた。顔を伏せ、重なった二人の手を見る。白く細い彼女の指。粗い自分の掌。寄り添った二つの対比。今朝、足で遠ざかろうとした距離。この距離は越えられないと、自分へ言い聞かせていた。
けれど彼女は馬に乗り、追ってきた。彼は顔を上げ、前を見る。ロシニトロの方向へ。地平線にある城の輪郭へ。朝日が城の角を、はっきりと、それでも柔らかく照らしている。
胸の中で何かが、そっと定まった。すべての問題が解決したわけではない。
彼には分かっていた。二人の間へ横たわるものは、一つの朝だけでは解決できない。三つの言葉だけでも解決できない。
長い時間をかけても、解決できないかもしれない。けれど今、彼の足はこの道へ確かに立っていた。もう南へ行こうとは思わなかった。
親指で、彼女の手の甲をそっと押した。無言の返事。ここにいる。
「まだ三か月ある」低い声だった。独り言のようでもあり、彼女へ聞かせるようでもあった。「多くのことを、ゆっくり話せる」
城の方向から風が吹き、二人の間の空気をそっと揺らした。その風が、アンナの頭巾も吹き落とした。
黒い髪が陽光を受け、淡い青黒色に光った。そう。多くのことを、ゆっくり話せる。
けれど、一つだけ先に言っておきたいことがある。「愛している」と言えば、あまりにも奇妙だ。まだ数回しか会っていない。その言葉が本当なのか、疑われるかもしれない。
けれど一つだけ、すでに行動で証明した言葉があった。
「そうね。まだ時間はある……でも、先に言っておきたいことがあるの……」一度言葉を止めた。
「あなたを失いたくない」今朝、その事実に気づいた。失えば、受け入れるまでにとても長い時間が必要になる。頭巾が落ちた瞬間、ジェフリーの視線は無意識に上へ動いた。
彼女の髪を見た。黒い髪。朝日の中で、淡い青を帯びている。夜空の最も深い場所の色が、太陽に照らされ、それでも本来の深さを失っていないようだった。
風が数本の髪を、彼女の頬へ吹きつける。
彼女は払わなかった。彼も触れなかった。ただ、その場所へしばらく視線を留めた。「あなたを失いたくない」その言葉が落ちたとき、ジェフリーはすぐには反応しなかった。
言葉を二人の間の空気へ、しばらく立たせた。はっきりとそこに立たせ、自分でその重さを最初から最後まで、慎重に量った。量ったものは、その言葉だけではない。今朝、彼女が馬へ跨がった動き。手綱を強く引いたときの力。彼女の瞳が、一度も彼の前で逸らされなかったこと。
行動で伝えられるすべてを、すでに伝えていた。最後に残ったこの一言だけを、声にして伝えた。彼の手が、彼女の手をより強く握った。衝動的な力ではない。
何かを確かめたあと、その確信の重さを、手の力で表すような強さ。彼女を見つめる。まだ僅かに赤い目元。言い終えた顔の中に、同時に存在する勇気と脆さ。二つの川が同じ場所へ流れ込んだように、同じ顔の中へ存在している。彼は見た。とてもはっきりと見た。
「アンナ」今度は、さらに柔らかな声で名前を呼んだ。ほとんど風の中へ埋め込まれるほどに。「今朝、俺が南へ歩いていったその距離を……」一度止まる。その距離を彼女自身へ考えさせるように。「同じだけの勢いで、戻ってきた」
瞳は真っ直ぐ彼女へ向けられている。何の逃げもなかった。琥珀色の深い場所に、何かがあった。衝動ではない。一時的なものでもない。一つの朝をかけて沈み、最も深い場所へ落ち着いた、確かなもの。
「君が俺を失うことはない」

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