


Ch16.今夜、私が行く
アディーはその問いを聞いても、すぐには顔を上げなかった。
ただそこへ座ったまま、膝の上の手をそっと重ね直した。その動作で、まず自分の中を少し整理してから話そうとしているようだった。
外から鳥の声が一度聞こえた。遠く。
窓の隙間を抜けて部屋へ入り。そして消えた。「分かりません」彼女は言った。声は平らだった。まるで、自分とは関係のない誰かの話をしているように。
「でも、一つだけ分かります。本当に誰かを拒絶したい人なら、三日経ってからまだ何かを届けたりはしません」言い終えると。彼女はまた顔を伏せた。それ以上続けない。問い詰めもしない。
ここまでだけ言って。
あとは相手自身に歩かせる人のように。部屋の中がしばらく静かになった。アディーの視線が、膝の上からゆっくり上がる。公主の顔へ。封蝋を撫で続けている両手へ。そして最後には、とても静かに。目の下の薄い影へ落ちた。この三日間で。その影は少し深くなっていた。毎朝、公主の身支度を手伝うとき。
普段よりもう一層多く粉を重ねなければ隠れないほどに。けれどアディーは言わなかった。今まで、多くのことを言わずにきたのと同じように。彼女は立ち上がった。粥の椀を持つ。近づき。そのまましゃがんだ。
公主と同じ視線の高さまで。そしてその椀を、手を伸ばせば届く位置へ置いた。そのまま動かなかった。しゃがんだまま。真正面から彼女を見る。アディーの眼差しは真っ直ぐだった。普段の侍女としての。
目を伏せて従うような姿とは少し違う。「侍女」という身分を、一時的に脇へ置いたあと。そこに残った。長いあいだ公主を知っている一人の人間の目。「この三日……」声はさらに低い。この部屋にしか聞かせるつもりがないほど。
「公主は何を食べても味がしないみたいで、眠っても眠れていなくて、外へ出ても『大丈夫』、戻ってきても『大丈夫』って言って、先生には三回も『具合が悪い』って伝えさせました……」
一度止まる。
「その夜、何があったのかは分かりません」続けた。
「知る必要もありません。でも、この三日の公主は……拒絶されて、そのまま諦めようとしている人の顔には見えません」そう言うと。視線が一度、手紙へ流れた。
そしてまた、公主の顔へ戻る。「あの手紙……」最後に言った。「ここにずっと置かれていました。たぶん、私よりあの手紙のほうが答えを知っています」
椀を置き。立ち上がる。そして再び、あの小さな椅子へ戻った。顔を伏せる。また。問いかけず。急かさず。ただそこにいるアディーへ戻った。
手紙はまだ公主の手の中にあった。封蝋は同じ深い赤。
陽光がはっきり照らしている。ずっと待ち続け。もう少しくらい待つことなど気にもしていない何かのようだった。でも。あの手紙は待てる。
それを書いた人と同じように。待てる。アディーの言葉を聞き。アンナは顔を伏せた。手紙はもう。届いたばかりのときより、ずっと皺だらけになっている。これ以上揉めば。本当に破れてしまいそうだった。「でも……私……怖い……開ける勇気がない……」そう言ったとき。
久しぶりに涙が流れた。
わざと大げさにしているわけではない。ただ。一度、尊厳を地面へ落とされたように感じた。
もう二度目は嫌だった。中に何が書いてあるかすら知らない。それでも。その怖さだけは、とても重かった。アディーは、その涙が落ちるのを見た。何も言わなかった。
すぐに布を差し出すこともしない。
「泣かないで」とも言わない。ただ静かに見る。その涙を落とさせる。皺だらけになった手紙の上へ。
深紅の封蝋のそばへ。あるべき場所へ。そのまま落とさせる。少し待った。
それから袖口から。きれいに折り畳まれた布を一枚取り出した。近づき。そっと公主の手へ置く。涙を拭いてあげるのではない。渡すだけ。使うかどうか。いつ使うか。それを彼女自身に決めさせるために。アディーはベッドの縁へ腰を下ろした。
今度は、さっきより少し近く。二人の間には。身体を少し横へ向ければ触れそうな距離しかない。彼女は顔を伏せた。
公主の顔を見ない。
ただ座る。ここから動くつもりのない低い壁のように。静かに彼女の片側を守る。「怖いのは……当然です」とても小さく。ほとんど呟くように。「心を掴まれているときに、怖くない人なんていません」一度止まる。「でも、公主……」続ける。
「尊厳って、誰かのところにあるものじゃありません。自分のところにあるものです」「あの夜に何があったとしても、それは公主自身の気持ちだった。公主が望んだことです」
「自分の心に従った人が、恥ずかしい人になるわけじゃありません」そこまで言って。ようやくゆっくり顔を上げた。少し横を向き。公主の手の中にある手紙を見る。
とても軽い眼差し。自分が代わりに決めるつもりはない。
でも。その手紙の代わりに、少しだけ言葉を添えるような。「夜が明ける前から、あれはもう届けられていました」穏やかな口調。ずっと見てきた事実を話すように。「あの人は……暗いうちに、これを届けたんです」顔を伏せる。
再び自分の膝を見る。
「開けるのが怖いのは分かります」最後に言った。「でも、手紙はそこにあるだけです。噛みついてきたりしません」
「最悪でも、答えはもう公主が知っているものと同じかもしれない。でも、開けなかったら……公主はもう三日も、自分で自分を苦しめています」そう言うと。もう何も言わなかった。そのままベッドの縁へ座り続ける。急かさない。動かない。ただ。その沈黙を置いておく。涙を全部拭き終えてから。
次の一歩を決められるような形にして。
窓の外の陽光が少しずつ動いた。
差し込む光も、それにつれて位置を変える。ちょうど手紙の真ん中へ。
揉まれてできた皺の一本一本を。
はっきり照らす。そして封蝋の下に押さえられている四つの文字も。はっきりと。ただ。彼女が開ければいいだけだった。
アンナはしばらく、何も言わずに涙を流した。それから。手が動いた。震えている。それでも、ゆっくりと動く。手紙を開こうとしていた。
封蝋を剥がしていく。そうだ。最悪のことなんて。三日前と同じだけだ。もう一度拒絶されるだけ。そんなもの。もう十分知っている。今さら、これ以上何を怖がる必要があるのだろう。
封蝋が外れると。
アンナは一度止まった。数秒。その数秒だけを見れば。心変わりしたようにも見えた。けれど違う。
心の準備をしていただけだった。
折り目に沿って。ゆっくりと紙を開いていく。まるでジェフリーが一つずつ折った跡を。今度は逆向きに。一つずつ戻していくように。「今夜、俺はいる」紙を広げた瞬間。その文字が目へ入った。どういう意味?
彼はもともとセイラン通り三番地にいる。毎晩そこにいる。
なのに。なぜわざわざ、それを自分へ知らせる必要があるのだろう。アンナはしばらく固まった。アディーはずっと、彼女の顔を見ていた。封蝋が剥がされた瞬間から。数秒の沈黙。指が折り目をゆっくり広げていくところ。
紙が完全に開く瞬間まで。
ずっと。手を見て。顔を見て。彼女の変化を見ていた。アディーは文字を読まなかった。見ていたのは。公主の目だった。その目が紙へ落ちる。数秒。そして止まる。
「どういう意味?」と考えているところで。眉間が僅かに寄った。短すぎる言葉を読んで。短すぎるからこそ、その厚みを一度では読み取れない人の表情。アディーが静かに口を開いた。
「何文字ですか?」とても軽く尋ねる。覗き見したいわけではない。ただ。公主の思考をほんの少しだけ前へ進めるような問い。暗い部屋に長く立ちすぎた人のため。
扉を少しだけ開けてやるような。彼女にはもう。手紙に何が書かれているのか。だいたい分かっていた。
まだ暗いうちに届けられた手紙。飾り気のない封蝋。三日間待った男が。
夜明け前にはもう筆を取っていた、その理由。ああいう人は。長く書かない。押さえ込む人ほど。口から出る言葉は短い。
一目で読み終えられるほど短いのに。心の中では。何度も何度も回り続ける。アディーは、公主の返事を待った。固まっている表情が。その数文字の重さを。一層ずつ。
ゆっくりとほどいていくのを待った。
彼は今まで一度も。「俺はいる」と手紙を送ったことはない。「来い」と言ったこともない。
いつも彼女が行った。毎回。アンナから会いに行った。彼はそこにいた。ただ、そこにいるだけだった。一度も自分から言わなかった。これは初めてだった。彼が言った。彼が紙へ書いた。
暗いうちに、自分から届けさせた。返事ではない。応答でもない。三日間の沈黙を。
彼自身が初めて破ったあと。
自分から送った四つの文字。今夜、俺はいる。いつもいる、という意味ではない。毎晩いる、でもない。わざわざ彼女へ知らせている。今夜、俺はいる。君を待っている。アディーは。
そこまでは言わなかった。ただ座って。公主の顔を見る。固まった眉間を見る。あの寄った線が。少しずつ。ゆっくりと。ほどけていくのを待った。読み終えると。
アンナはまた紙を折り畳んだ。元の折り目に沿って。それから。またぼんやりした。しばらく何も考えられないように。「今夜、いるって書いてある」突然。アンナが言った。アディーのほうは見ない。
まるで自分自身へ言っているようだった。
でも。どういう意味なのだろう。自分は、どうすればいい?
彼は。まだ何をしたいの?その考えが突然、頭へ浮かんだ。少し苛立つ。相手が何を望んでいるのか分からない。自分を弄んでいるのではないか。そんな苛立ち。「結局、あの人は何がしたいの?」歯を食いしばるように言った。
三日間押し込めてきた怒りを抑えているようでもあり。
その四文字だけで。また戻ってきそうになった気持ちを押さえているようでもあった。
後者のほうは。あまりにも格好がつかなかった。アディーは。「何がしたいの?」その言葉を聞いても。すぐには答えなかった。歯を食いしばる調子も。その奥の苛立ちも。さらに。苛立ちのもっと下にある、別の音も聞こえていた。
その音は怒りよりずっと小さい。公主本人なら。きっと存在すら認めたがらないほど。でもアディーには聞こえた。二秒。黙る。それから口を開いた。声は平らだった。完全な旁観者のように。「あの人、長く書いてません」言う。「四文字だけです」一度止まる。「本当に誰かを弄びたい人なら、四文字しか書かないなんてことはしません」続けた。
声の調子は変わらない。角のない定規のように。正確に測る。でも。切り傷は作らない。「公主をその気にさせたいなら。迷わせたいなら。いくらでも長く書けます。きれいな言葉だって、いくらでも言えます」「でも、あの人が書いたのは四文字だけ」
「何も説明してない。何もはっきりさせてない。ただ、自分はいるって言っただけ」視線を少し伏せる。「ああいう人は……」言う。「弄んでるんじゃありません」
「どう言えばいいのか分からないから、一番下にある言葉だけを言ったんです」そこまで言うと。続けなかった。立ち上がる。窓辺へ歩く。帷を少し整える。光が真っ直ぐ入りすぎないように。
部屋の温度が、少し柔らかくなるように。毎朝している動作。あまりにも自然で。何でもないことのように。
「今夜のことは」公主へ背を向けたまま。風に半分さらわれるような声で言った。「公主が自分で決めてください」そう言い。振り返る。また小さな椅子へ戻る。座る。
そして粥の椀を持ち上げる。二度目。公主へ差し出す。今回は一度目よりも近い。受け取らなくても。嫌でも目に入る距離。
「まず粥を飲んでください」穏やかな目。
「行くかどうか決めるのは、今日のことです」「粥を飲むのは、今のことです」そう言うと。椀を差し出したまま待った。急かさない。でも。引っ込めもしない。
大きなことを全部一度折り畳み。今目の前にある一杯の温かいものだけを。
先に守ってやる人のように。アンナは、差し出された粥を見た。
そして受け取った。どういうことなのか。自分でも分からない。あるいは。自分で認めたくないだけなのかもしれない。あの四文字を見て。
少しだけ食欲が戻っていた。だから。ゆっくり。
一口目を飲んだ。夜までは、まだ少し時間がある。ゆっくり考えればいい。今いちばん大事なのは。この粥をきちんと飲み終えること。アディーは。公主が椀を受け取るのを見た。顔を伏せ。
一口目を飲むのを見た。何も言わなかった。ただ。その光景を心の中へ覚えておいた。この三日間。
粥を運ぶたび。公主はいつも。
何も映っていないような目で。ただ飲み終えていた。一つの作業を済ませるように。何の温度もなく。今日の一口目は。違った。アディーは視線をそっと外した。また自分の膝へ戻す。唇の端で。何かがほんの少し動いた。とても小さく。もし今、公主が顔を上げたとしても。
何を見たのか。確信できないほどに。
________________________________セイラン通り三番地。ジェフリーは。そんなことを何一つ知らなかった。窓辺へ座っていた。あの手紙がもう受け取られたことも知らない。揉まれて皺だらけになったことも。一人の人間を泣かせてから。
ようやく開かれたことも。あの四文字が。彼女の目へどんなふうに落ちたのかも。落ちたあと。何をもう一度灯したのかも。
何も知らない。ただ一つ分かっているのは。手紙を送った。それだけ。残りは。待つしかない。そして。自分ではどうすることもできない。だから彼は。その「待つ」を。
七年間の旅で身につけた形へ。もう一度包み直した。胸へ置く。押さえる。
沈ませる。すでに二十日以上燃え続けている火の下へ。その火と一緒に置く。急がず。催促せず。ただ。いる。立ち上がる。窓を少しだけ開ける。午前の風を入れる。
朝から頭の中で回り続けているものを。その風に一度全部通させる。それから上着を脱いで。きちんと掛けた。机へ戻る。地図をもう一度広げる。筆を取る。南へ続く山道を。最初からもう一度なぞった。今夜のあと。必要になるかもしれない細部を。全部。もう一度確かめるために。補修された石壁の隙間。もう完全に乾いているか。
もう一度測りに行く。馬市で一番長く見ていた栗毛の馬。今日もまだいるか。もう一度確認する。そして、あの道。分かれ道を右へ。四十歩。その先で曲がり角の向こうへ消える道。日が落ちる前に。一つ一つの石を。全部、自分の足で踏んでおく。心の中へ確かな感覚を残すために。今夜。
セイラン通り三番地の灯りの下で彼女を待つとき。
胸の中へ沈んでいるものが。空ではなく。中身のあるものになるように。顔を伏せる。筆先が地図の上を動く。
眉間には。いつもの皺が戻っていた。けれど。質が違う。三日前のように。どこかの欠けた部分へ引っかかり。
答えが見つからない皺ではない。
長く解き続けていた問題の。最後の条件まで手元へ揃い。
今。最後の数行の検算をしている人の皺。今夜。その二文字を。
心の中へ一度置く。とても軽く。重く置けば。
壊れてしまいそうだから。
それからまた顔を伏せる。地図を見る。________________________________
粥を飲み終えると。
アンナはまたベッドへ横になった。
今日の授業も休みになっている。だから。少しはゆっくり眠れる。ただ。今夜。
手紙の意味は。彼が来るということなのか。それとも。自分に来いということなのか。分からない。それに少し意地を張って。分かりたくない気持ちもあった。少なくとも。酉の刻までは待とう。もし彼が現れなかったら。
そのとき自分で決めればいい。一度だけ会いに行くか。それとも。これで二度と会わないか。そんなことを考え。考え続け。
やがて。眠りへ落ちた。この三日間で。初めて本当に眠った。アディーが盆を持って部屋を出ようとしたとき。公主はもう目を閉じていた。
扉のところで一度振り返る。呼吸がゆっくりになっていく。この三日間の。浅く。何度も途切れる眠り方とは違う。
本当に深く沈んでいる。
宙へぶら下がっていた何かを。ようやく下ろせたから。身体も初めて。力を抜くことを許したような眠り。アディーは扉をそっと閉めた。廊下へ立つ。手の中の盆へ一度目を落とす。粥の椀は。全部空だった。唇の端がまた。ほんの少しだけ動いた。それから振り返る。厨房へ向かって歩く。足音はとても軽い。この午前を。どんな音にも邪魔させたくない人のように。
________________________________その日。ジェフリーは二度、外へ出た。午前。城の東側の壁へ向かった。石灰で補修された部分まで歩く。止まる。上着の袖を少し捲る。身体を横にして。その隙間のそばを通る。掌を壁へ当て。一度測る。新しく塗られた石灰は。もう完全に硬く乾いている。隙間の幅は。
前回測ったときより。ほとんど指二本分狭くなっていた。それを頭へ入れる。袖を戻す。振り返って去った。午後。馬市へ向かった。
あの栗毛の馬はまだいた。店の前へ一刻ほど立つ。値段は尋ねない。ただ見る。脚の骨格。目。主人に歩かされたときの足取り。安定している。落ち着いている。山道を歩ける性格。
最後に。頭の中で数字を一つ決めた。僅かに頷く。そして去った。夕方。セイラン通りへ戻った。ゲ夫人の竈のそばで。今日初めてのまともな食事を取る。食べ終わる。二階へ上がる。
部屋を一度整える。大掛かりなものではない。
剣を。一番手が届きやすい場所へ。机の地図を巻き。隅へ置く。あのペーパーナイフを。もう一度胸元へ。それから。窓辺へ座った。空の色は。ゆっくりと沈み始めていた。淡い金から。濃い橙へ。橙から。
暗い藍へ。色が変わるにつれて。城の輪郭は。ますますはっきりしていく。
夕暮れの中へ沈んだ。静かな重みのように。ジェフリーはその輪郭を見た。動かない。彼女が手紙を受け取ったのか。知らない。読んだとき。どんな顔をしたのか。知らない。今夜。来るのか。知らない。全部。計算できない。計算できないなら。計算しない。彼はいつもそうだった。
ただ一つ。自分は。「今夜、いる」そう言った。だから。ここにいる。上着の襟を留め直す。両手を膝へ置く。掌を下へ。
平らに。
まだ灯りは点けていない。少しずつ暗くなる部屋の中。その闇が。
彼の輪郭を少しずつ曖昧にする。窓の外に残った最後の光が。顔へ落ちる。城の方向を見ている。あの瞳へ落ちる。その瞳の火は。暗くなっていく黄昏の中で。
今までのどんなときよりも。深く。
安定して。明確に。燃えていた。待っている。この三日間よりも。ずっと静かに。そして。ずっと確かに。三日前は。あの手紙を送っていいのか。まだ分からなかった。でも今。もう送った。届いている。それは。自分にできることの。最後の一歩だった。残りの一歩は。自分のところにはない。彼は。
そのまま。
ゆっくり暗くなっていく窓辺へ座り続けた。セイラン通りの夜が。少しずつ部屋を飲み込んでいく。
老鍛冶屋の最後の槌音が。
遠くで消える。ゲ夫人が階下で灯りを点ける音が。床板の隙間から上へ届く。
街が。黄昏から夜へ。
ゆっくり。静かに。歩いていく。彼は。いる。アンナは一度眠りにつくと。とても深く眠った。手紙を受け取ったことで。
心の中に乗っていた大きな石が。そのまま落ちたのかもしれない。夢も見た。目立たない。小さな木の家。ジェフリーが。
その小屋のベッドのそばへ立ち。カーテンを開く。そして。
優しく自分を起こしてくれる。夢の中で起こされた彼女は。その瞬間。本当に目を覚ました。目を開けると。
もう外は暗い。酉の刻を過ぎていた。
起き上がる。そういえば。
自分には何か決めていたことがあった。
酉の刻までに彼が現れなければ。自分から会いに行くか。それとも。もう会わないと決めるか。
そういうことだったはず。
そして今。迷っている。でも同時に。別の可能性も待っていた。
もしかしたら。彼のほうが。こっそり忍び込んでくるかもしれない。________________________________酉の刻を過ぎたことを。ジェフリーは知っていた。何かを見て。時刻を確かめたわけではない。ただ。
分かった。街の音が。別の質へ変わったから。市場の声が消えた。荷車の音も減った。老鍛冶屋はもうとっくに仕事を終えている。
通りを歩く人も。時折一人か二人。
石畳を踏む音は。昼間の鈍い響きではなく。夜だけの。少し反響を伴う澄んだ音へ変わっていた。彼は窓辺へ座っている。灯りはもう点いていた。淡い黄の光が。影を壁へ押しつけている。静かに。
動かず。時刻を数えてはいない。でも。分かっていた。この三日間。
彼女から手紙が来なかったことを。毎日分かっていたのと同じように。今夜。酉の刻が過ぎたことも。夜がさらに一段深くなったことも。セイラン通り三番地の階段が。まだ静かなことも。はっきりと。右手は膝の上。指の節を下へ。
ズボンの布へ触れさせている。動かない。
胸元には。
あのペーパーナイフ。重みを感じる。数日前から。その重みは。確認になっていた。あることが本当だと。七年間。追い続けたものが。自分の夢ではなかったと。
確かめるための。
今も。彼は確認している。自分が。まだここにいることを。「今夜、俺はいる」そう言ったから。本当にここにいる。彼女が来ても。来なくても。時刻がさらに進んでも。自分がここにいるという事実は。何も変わらない。
けれど。耳は聞いていた。やめられない習慣。七年間。見知らぬ土地で眠り。目を覚まし。生き延びるうちに身についたもの。身体は完全に静止して見える。
それでも耳だけは。
ずっと開いている。一つ一つの細かな音を。はっきり選り分ける。あれは通りの猫。あれはゲ夫人が寝返りを打った音。あの方向の遠いところ。
夜回りの男。そして。どこかの路地で。風が板を一枚揺らした音。ノックはない。聞き慣れた足音もない。石灰の匂いもない。
階段のところで顔を上げれば。
いつも先に視界の端へ入ってきた。あの姿も。ない。ジェフリーは。
窓から視線を外した。顔を伏せる。灯火を見る。静かな空気の中で。ごく僅かに揺れる。そして。また安定した。あの夢を思い出す。七年間。目を閉じるたび。何度も戻ってきた夢。そこには。
具体的な顔がない。輪郭だけ。そして。
言葉では説明できない気配だけ。
どこかの窓辺へ立ち。彼が帰るのを待っているような。長く。静かに。一度も文句を言わずに。あの頃。その輪郭が誰なのか。知らなかった。今は。分かる。その「分かる」を。胸の中で一度押さえる。燃えている火の下へ。沈める。それからまた顔を上げる。
窓の外。
夜の中へ視線を戻す。城の輪郭は。黒く。重い。ところどころ灯りが点いている。
彼が数えられるほどの。星のように。彼は待つ。彼女が来ると確信しているからではない。自分は。
「いる」と言った。だから。いる。それだけ。この論理は。彼にとって。
説明の必要もない定理ほど単純だった。
条件もない。期限もない。ただ。いる。ただ。胸元へ触れているペーパーナイフの場所を。
親指で。ほんの少し押した。
一度だけ。________________________________酉の刻を過ぎたことを。ジェフリーは知っていた。何かを見て。時刻を確かめたわけではない。ただ感じていた。街の音が。別の質へ変わった。市場の声が散り。荷車の動きが少なくなり。老鍛冶屋はとっくに仕事を終えている。
通りを歩くのは。時折一人か二人。石畳を踏む鈍い音が。夜だけの。反響を含んだ澄んだ足音へ変わっていた。
彼は窓辺へ座っていた。灯りはすでに点いている。
淡い黄色の光が。影を壁へ押しつけていた。静かに。動かない。時を数えてはいない。けれど分かる。この三日間。彼女から手紙が来なかったことを知っていたのと同じように。今夜。酉の刻が過ぎたことも。
夜がもう一段深くなったことも。セイラン通り三番地の階段が。まだ静かなことも。はっきりと分かる。手は膝の上。右手。指の節を下へ。ズボンの布へ触れさせている。動かない。胸元には。あのペーパーナイフ。その重みを感じる。数か月前から。その重みは一つの確認だった。あることが本当に存在する。
自分が七年間。
追い求めて歩いたものは。夢ではない。その確認。今も。確認している。自分がまだここにいる。「今夜、俺はいる」そう言った。だから。いる。彼女が来ても。来なくても。
時刻がさらに先へ進んでも。
それで何かが変わるわけではない。けれど。耳は聞いている。それは。もう消せない習慣だった。七年間。さまざまな見知らぬ場所で。眠り。目を覚まし。生きてきたことで身についたもの。身体全体は静止して見える。でも耳はずっと開いている。小さな音を。一つずつ。正確に分ける。あれは道の猫。あれはゲ夫人が寝返りを打った。あの方向。遠くの夜回り。あれは風が。
どこかの路地の木板を揺らした。
ノックはない。聞き慣れた足音もない。石灰の匂いもない。毎回。階段で顔を上げたとき。視界の端へ真っ先に入ってくる。あの姿もない。
ジェフリーは窓から視線を外した。顔を伏せる。灯りの炎を見る。止まった空気の中で。ごく僅かに揺れる。そしてまた。安定した。
あの夢を思い出す。いや。彼自身が作った夢というより。七年間。目を閉じるたびに。何度も戻ってきた、あの夢。そこには。具体的な顔がない。ただ輪郭だけ。そして。どう説明すればいいのか分からない。どこかの窓辺へ立ち。自分の帰りを待っているような気配だけ。長く。静かに。一度も文句を言わずに。
その頃。あの輪郭が誰なのか。
彼は知らなかった。今は。
知っている。その知っているという事実を。胸の中で一度押さえる。燃えている火の底へ押し込む。それからまた顔を上げる。窓の外。夜へ視線を戻す。夜の中で。城の輪郭は。黒く。重い。ところどころ灯りを含んでいる。数えられる星のように。彼は待つ。
彼女が来ると確信しているからではない。
自分は。「いる」と言った。だから。いる。その論理は。彼にとって。説明のいらない定理ほど単純だった。条件もない。期限もない。ただ。いる。ただ。
胸元へ触れているペーパーナイフのところを。親指で。ほんの少し押した。一度だけ。
________________________________
アンナはしばらく固まっていた。そして。
気がついたときには。身体がもう動いていた。立ち上がる。着替える。あの服を取り出す。何の飾り気もない。毎回。王宮をこっそり抜け出すときに着ている服。それを着た。やっぱり。
彼女は会いたかった。
ただ今回は。きちんと聞くために。
彼が。いったい何を望んでいるのか。はっきりさせるために。

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